2026年6月09日

大切な家族の『声なきサイン』を見逃さないために。
神奈川県茅ケ崎市、アンジェス動物病院 院長 獣医師の朝岡紀行です。
犬猫の一次診療とともに、獣医療の可能性を広げるため、現在は馬の臨床研究にも携わっています。
馬と人との関わりには、競馬や乗馬、観光だけではない可能性があります。
近年注目されているのが、心身の健康や暮らしの質の向上を目指して
馬を活用する「馬介在サービス」です。
とくに高齢化が進む日本では、
高齢者のQOL(生活の質)を支える新たな選択肢として、
その価値を見直す動きが出てきています。
馬介在サービスとは何か
馬介在サービスとは、
馬との関わりを通じて、人のウェルビーイングを高めること
を目指す取り組みです。
身体機能の維持・改善、心理的な安定、社会参加の促進など、
目的は利用者の状態に応じてさまざまです。
高齢者に対しては、運動機会の創出だけでなく、
意欲や楽しみ、生きがいにつながる点にも期待が寄せられています。
「ホースセラピー」から「馬介在サービス」へ
日本ではこれまで、障がい者乗馬や教育的な馬の活動を紹介する際に
「ホースセラピー」という言葉が広く使われてきました。
しかし、IAHAIO(International Association of Human-Animal Interaction Organizations)は
2024年、動物を活用した支援の分野で用語の統一を進め、
「Animal-Assisted Services(AAS)」という総称を示しました。
これは、現場や研究で呼び方や定義がばらばらだったことで、
サービスの内容や期待される効果が伝わりにくくなっていたためです。
用語が整理されることで、提供する側と利用する側の認識のずれを減らし、
サービスの目的や範囲を共有しやすくなります。
また、研究の比較や効果検証も進めやすくなり、
分野全体の信頼性向上にもつながります。
今後の日本では、
一般には「ホースセラピー」という親しみやすい言葉が残りつつ、
専門的な場面では「馬介在サービス」という表現が広がっていくと考えられます。
馬が高齢者のQOLに与える効果
高齢者にとってのQOLは、
単に長生きすることではなく、自分らしく生活し、
心身ともに安定した毎日を送れるかどうかに関わる重要な視点です。
馬介在サービスには、
姿勢保持やバランス感覚への刺激といった身体面への働きかけに加え、
気分転換、不安の軽減、他者との交流のきっかけづくりなど、
心理面・社会面への効果も期待されます。
また、馬との関わりは、単なる運動やレクリエーションにとどまりません。
大きな動物と信頼関係を築く経験は、
利用者に達成感や自己肯定感をもたらしやすく、
生活への前向きな意欲につながることがあります。
とくに高齢者支援では、身体機能だけでなく、
楽しみや社会との接点をどう保つかが重要であり、
その意味でも馬の存在は大きな可能性を持っています。
普及に向けた課題とは
一方で、日本における馬介在サービスの普及はまだ限定的です。
その背景には、効果をわかりやすく示しにくいという課題があります。
競馬なら成績、乗馬なら技術向上のように
成果を比較的明確に示せますが、
馬介在サービスでは、
利用者の健康状態や目標、馬の個体差、支援者の関わり方など、
多くの要素が重なり合うため、効果を一律に測定しにくいのです。
そのため、消費者や医療・福祉関係者にとって、
どのような価値があり、どのような場面で活用できるのかが
見えにくくなりがちです。
継続的に提供される「サービス」として社会に根づかせるには、
実践事例の蓄積に加え、研究によるエビデンスの整理や、
目的に応じた説明のわかりやすさが欠かせません。
これから期待される馬の社会的役割
日本では高齢化が進み、2040年には
65歳以上の人口が全体の約35%に達すると見込まれています。
こうした社会の中で、高齢者ができるだけ長く自立し、
自分らしい生活を続けるための支援はますます重要になります。
馬介在サービスが
高齢者のQOL向上にどのように役立つのかを明らかにすることは、
福祉や医療の新たな選択肢を広げることにもつながります。
馬は、スポーツや観光の場で活躍するだけでなく、
人の暮らしを支える存在にもなり得ます!
だからこそ今、馬を「特別な存在」として見るだけでなく、
社会の中でどのような役割を果たせるのかを改めて考えることが求められています。
高齢社会を迎えるこれからの日本において、
馬介在サービスはその可能性を示す重要なテーマのひとつといえるでしょう。
